7 Day 





翌日。アルベルは。
何かを探して(求めて)、城の中をウロウロしていた。

その落ち着かない団長の様子を、まわりの兵士達が不安そうに見守っている。
声を掛けようとする勇気ある者はいない。
見るからに機嫌が悪そうだからだ。

そこへ、この城の主がやってきて声を掛けた。
「なんだオマエ、暇なのか?」

周りの者はギョッとする。

仮にも後見人のウォルターを昨夜、手に掛けた男だ。まだ死んじゃいないが。
主に対しても、何を仕出かすかわかったものじゃない。

「暇なら使いを頼まれてくれぬか? まだ正式なものではないのだが。これを・・・・。」

しかし周りが思っていた反応とは逆で、アルベルは国王が最後まで言い終わらないウチに、
その手にあった書簡を引っ手繰ると城を飛びだして行った。

「あちらの神官長殿に・・・・。って聞こえないか。・・・・・アイツ、どうしたんだ?」

国王は不思議そうに周りを見渡したが、答える者はいなかった。






実は昨日。
ネルを見送った後、アルベルはなんだか気になったので、勇気を出してアリアスの屋敷を訪ねた。


が。
丁度外に出ていたクリムゾンブレイドのもう一人の方(苦手だ)が、顔を見るなり、

「ネルならいませんよ!」

と怒鳴ったのだ!
アルベルは、なんとなくクレアが苦手だった。
見た目柔和な雰囲気だが、腹の底で何を考えてるのか、サッパリわからないからだ。
言うことも、どこまで本気だかわからない。
しかし、この相手がそんな風に怒鳴るとは思ってもみなかったので、呆気に取られて
言葉を失っていると、クレアは続けて、

「何があったか知りませんが、あの子が泣いたら、アナタ、タダじゃおきませんからね!」
と付け加えた。

「泣い・・・・・?」
まさかそんな事あるわけ無いと思うのだが、何かあった事には違いなく、口答え出来ずにいるアルベルを無視して、 クレアはさっさと屋敷に入ってしまったのだ。
まさに門前払いというヤツである。
一致団結した女共は手強い。これでは何処へ行っても追う返されるだろうと思った。




そんな訳で。

何でもいいから表向きの用事でもあれば、いきなり追い返されたりしないだろうと、
隣の国へ乗り込む理由を探しにアーリグリフの城にやって来て、見事「お使い」を頼まれたのだった。



シランドへ着くと、真っ直ぐネルの部屋に向かった。
が部屋には誰も居なかった。

昨日の事を思い返しながら、ネルを探して、城の中をウロウロ歩き回る。
アーリグリフを出た時から握り締めままの国王の書簡の事はすっかり忘れて。


昨日は様子も変だった。
いつもなら怒り狂って暴れ、暫くすれば気が済むアイツが、昨日は違っていた。


城の中を一周して入り口まで戻ったアルベルは、床を蹴って、
「一体何だ! 何でオレがアイツを探し回らなきゃならねぇんだ!!」
と怒鳴り、それから今度は大聖堂への扉を殴ろうとする。


「廊下で大きい声だすんじゃないよ、バカ。」
「!!?」
「それから、床や壁を破壊するのも許さないよ。」

背後の声にぎょっとして振り向けば、腕を組んで目を細め、じろっとこちらを見据えるネルの姿。
ちょうど外から戻ってきたところなんだろう。
「何なの?」
「何って・・・・。用事があって来ただけで、別にテメェに用があったわけじゃねぇよ。」
手にした書簡をネルに見せ、そして握りすぎてグチャグチャになったソレに気付き、
自分でもギョッとなった。やべぇ・・・。
「・・・・ゴミ?」
「あぁ? んな訳ねぇだろうが! コイツは大事な・・・・・。」
「ふーん。そう。でもそのら辺にゴミ捨てたらタダじゃおかないからね。」
そう言ってジロジロ見る。
なんとなく機嫌が悪い。昨日は怒ってないとは言っていたが、やはり怒ってるんじゃねぇか。


「あのね。私は忙しいんだよ。昨日みたく暇つぶしだってなら、さっさと帰ってくれる?
  また妙な噂立てられても、お互い嫌でしょうし。」

書簡の事は丸っきり信じてない様子だ。

「・・・・・・ずいぶんな言い方だな。」

そう言われるのはいつもの事だし、当然だが。
昨日の事があるだけに、リアルだ。
それにしても・・・・、よく考えてみれば。

一体オレは、何しにコイツに会いに来たんだ?
気になった。それは確かで、それでココに来た。が、会ってどうするつもりだったのか。

そんな事まで考えてなかった。

機嫌が悪いのを確かめたかったのか。機嫌が悪いに決まってる。確かめるまでもない。
だからといって、ご機嫌と取るとか、そんなんじゃない。

――― ならば。一体。
しかしココまで来て、追い返されるのは癪に障る。


急に無言になったアルベルを、ネルは怪訝な顔でジロジロ見てる。
その時、ネルの部下のファリンが城の中へ入ってきてネルを呼んだ。

「ネル様ぁ。準備整いましたよー。・・・・・・あ。」
「ファリン? そう、すぐ行くよ。」
ネルは顔だけそちらに向けて答えると、再びアルベルを見る。
ファリンは邪魔しちゃった、という表情を残してすぐ出て行った。

「出かけるのか?」
「そうよ。だからアンタに構ってる時間はないんだよ。部屋に物取りに来ただけだから。」
そう言って、アルベルの脇を通り越し、自室に向かう。

「待てよ。」
引き止める。いや、なんで引き止めたのかわからなかった、が。

そして思わず言ってしまった。
「テメェが、二度とカルサアに来ないって言いやがるから、コッチがわざわざ来てやったんだろううが!」

一体、何を言ってるんだ? オレは。


ネルは立ち止まり、半分だけ振り返り。
無言のまま。




















重い沈黙が続き・・・・。


















「何とか言えよ。」
沈黙を破ったのはアルベルの方だった。



「そりゃあんな噂立てられりゃ嫌だろう。あのクソジジィも訳のわからん事しやがって腹も立つだろう。
 だが、そんなでいいのか? この先も仕事でコッチに来ることもあるだろうが! どうする気だ!?」

そんなコイツの仕事の事までオレには関係ない。わかってる。
何を言ってるんだ、オレは・・・・・。

「・・・・・・。」
少し上目使いでアルベルを見るネル。その目には怒っているようにも泣いているようにも見える光が浮かんでいた。

「・・・・・ネル・・・?」
「そんな事を気にして、わざわざ来たのかい?」

そうだ。
カルサアに二度と来ねぇ、なんてまるで、2度と会わねぇと言われたような気がした。
別に、だから何だと言われりゃ、それまでだが。




「あんな老人の事なんか、どうだっていいんだよ。私は。ただ・・・・。
 こうゆう事は・・・・さ・・・・、アンタが迷惑に思ってるんじゃないかと思ったんだよ。」

ネルはそれから床に視線を落とし、続ける。

「私はアンタの事が嫌いだったけど、戦争は終わったんだし、いつまでもそれじゃダメだと思ってさ。
 アンタとも、少しでも分かり合えたらいいと思ってたんだよ。だけど。」

何だ!?
コイツは何言って・・・?
分かり合う・・・だと? 何だ、それは?


「それって私が勝手に・・・・。
 私ったら最初は一方的に大嫌いだなんて言って、自分の都合で歩み寄ろうとしたりして。バカだね。
 誘ってくれたりしたから、アンタも同じように思ってるんじゃないかって、思い違い、してた。
 ・・・・迷惑だったろうね。悪かったね。」

そう言ってネルはチラッとだけアルベルを見ると、背を向け歩き出そうとする。
「じゃあ、もう行くね。」
「待てよ、テメェ、何自分だけ勝手な事ばかりヌかしてやがんだ!」

「・・・・え?」
ネルが立ち止まる。

「そっちがその気なら構わねぇ! オマエがどうしようと知った事か! オレは勝手にするからな。
 カルサアに来ないっていうなら、それで構わん。用があればオレが来る。」
「用?」
呆けたようにポカンとしてるネル。
コイツのこんな顔も最近珍しくなくなってきたな。


「別にオレは何とも思ってない。迷惑だとか、そんなのは。
 言いたかったのは、それだけだ! 邪魔したな!」

最後のほうは殆ど投げやりで、言い終わるとネルの顔も見ずに、アルベルはさっさと城から出て行こうとした。
そして、手に握ったゴミ・・・書簡を思い出して足を止め、無言のままそれを無理やりネルに渡した。

「ちょっと・・・・?」

出て行くアルベルを見送りながら、ネルはその書簡を開いてみた。
「・・・・え? コレって・・・。あのバカ!! 早く大神官様に知らせてあげないと!」






光の架け橋だとか、たいそうな名前のついているシランド正門の橋の上を歩きながら
アルベルは、ぼーっと考えていた。

自分でも訳のわからない事を言って出てきてしまった事をちょっと後悔し始めていた。
向こうがどうゆう意味で取ったか知らんが、アレではなんだか・・・・。
会いたくなったら自分から来てやると告白してるようなモンじゃねぇか!?
まぁ口から出てしまったものは取り消しようがない。仕方ない。
それに。
向こうだって、なんだか歩み寄るだとか、訳の分からん事言ってた。意外だったが。
どうせ暫くすれば忘れるだろう。阿呆みたいに口あけて呆けてたしな。
ほとぼりが冷めるまで、放って置くか。

などと勝手なことを考えていると、後ろから近づいてくる蹄の音。
馬車がアルベルを抜かして少し進んだ所で急停止する。

「ちょっと待ちな!」

後ろのホロが開いて、ネルが飛び降りてきた。
そして。

「アンタ、何考えてんの!?」
いきなり怒鳴った。
「あんな大事な書簡を、ボロボロにして!」
「あぁ?」

大事な書簡? 何の事だ?
そんな事すっかり忘れているアルベルは、ネルの剣幕に少し引く。

さっきとは随分様子が違うじゃねぇか? 何怒ってやがるんだ!?
というか「いつもの」ネルに戻ってる。何があったか知らないが。

「アンタって、お使い一つ満足に出来ないわけ?」
「何がだ?」

「何がって・・・・。あのね・・・・。」

ネルは軽く首を振って、ふーっと大きく息をついた。
それから少しだけにっこり笑った。・・・・・・笑った!?

「まぁいいや。近いうちにまたソチラへ行く事になりそうだよ。」

・・・・・どうなってるんだ? コイツのアタマの中は。
何故、急にこんなにご機嫌なんだ!? 怒ってるんじゃないのか?



「任務から戻ったら、アーリグリフへ行くよ。ついでにカルサアにも寄るからさ。
 アンタに、はっきり言っておきたい事もあるし。」

「は? もう2度と来ねぇって言ってなかったか?」
「そんな事言ったっけ? とにかく用事が出来たからさ!」

少し顔を紅潮させながら、浮かれてるネル。
わからねぇ・・・。この女・・・・。

「とにかくこれで、ウチらの関係も安泰だね。」

「ウチらの関係だと?」
「バカ。アーリグリフとシーハーツだよ。ロザリアに感謝するんだね。」

ロザリアって誰? 何言ってるんだ、コイツ。
「まぁそうでなくても、安泰だと信じたいけど。」


「もう行かなくちゃ。じゃあね!」
ネルが飛び乗ると、馬車は急発進した。
そして呆気に取られているアルベルを残して、あっという間に見えなくなった。



馬車が見えなくなってからも、しばらくの間アルベルは橋の中央で立ち尽くしていた。





終わり。

 




おわったー。
フォローしたくても、しようのないモノが完成しました。
こんなはずでは・・・・。どこがネル→アルベル? 最後だけアルベル視点で書いてみましたが・・・・。
結局何の進展もない二人・・・・。