食わず嫌い





「食わず嫌い王選手権」  ――――― 
自分の大好物4品のうち、食わず嫌いのものが一品含まれています。
お互い順番に食べていき、どれが大嫌いなものかを当てるゲームです。
※)「とんねるずのみなさんのおかげでした」という全宇宙ネットで放送されている人気番組の
コーナーの一つです。


その日の午後。
ペターニの街を北に向かって揚々と歩くフェイトと、その後をヨロヨロとついて行くアルベルの姿があった。

先日殺人未遂犯としてシーハーツの女の子達に逮捕されたアルベルは、3日3晩牢屋で過ごしたが、4日目の朝に現れたフェイトの証言により釈放された。
「あれは、愛情表現の一つだったんだよ。殺人未遂とか、そんな物騒な事じゃないんだ。」
「・・・・・・ッ!!!?」
全面的絶対的に否定したいアルベルだったが、そうすると一生牢屋から出られないかもしれないので、しぶしぶ頷いたのだった。
「間違いないのですか? アルベーさん。」
クレアの鋭い尋問。
(・・・間違いに決まってるだろう! そんなのこのボケの思い込みだ!)

「・・・・間違いない。あれは、あ・愛情の表現・・・・・だ。」
「そうですか。すみませんでした。私としたことが、誤認逮捕をしてしまうなんて。」
クレアはがっかりしたように呟いた。
それから少し考え込こむようにして黙った。
「なんだ?」
「いえ。アナタはネルに気があるようだと、部下から報告を受けていたものですから。
でもそれも間違いだったのですね。だってあんな血生臭い愛情表現なんて・・・。
余程の愛情なのでしょうね。」
(・・・・愛情愛情言うな!!!) 
「にしても・・・・。まったく役に立たない部下達だわ・・・。だいたいこんなクソ虫みたいな男にネルがなびくわけないのよ。後でしっかりお仕置きをしなくちゃ。」

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながらも、クレアの言葉を否定できないアルベルは無言のまま、フェイトに連れられて牢屋から出ていったのだった。



「そうそう、僕ね、あの番組に出る事になったんだよ。」

3歩前を歩きながら、爽快にフェイトが言った。
「まぁお前は知らないと思うけど。「食わず嫌い選手権」。なんでも今度からバニラがプロデューサーなんだってさ。
この間の映画、バカウケだったからね。最後のお前が逮捕される瞬間が特に好評でさ! バニラもアレで活躍の場を広げたな!」
フェイトはご機嫌でアルベルに話しかけたが、そんな話は彼にとってはどうでもいいことだった。
早くこの目の前の男から離れて家(修練場)に帰りたかった。
が次の瞬間フェイトの口から、ひどく彼の気になるセリフが飛び出た。
「でね、対戦相手はネルさんなんだって。」
「え?」
「バニラもネルさんの事、すっかりお気に入りみたいだしね。まぁいくらネルさんでも、僕の相手じゃないよ。あんな好き嫌いがすぐ顔にでるタイプ。一発で当てて見せるさ!」

フェイトはにこやかにアルベルを振り返った。
そこには腰の鞘から刀身を抜き放ち、異様な嫉妬のオーラを身に纏ったアルベルが立っていた。




翌日。
バニラに呼ばれて何の事情も知らないネルが、例のボロ別荘にやってきた。
「ネルたんの大好物を教えて! フェイトと対戦するんだよ。」
「好物?」
別荘の中を見渡すとテレビカメラやなんやら、ネルの見たこともない機械が並んでいた。
全てバニラがクリエイションしたらしい。しかしこの発明ではランキングの1位に返り咲く事は出来なかった。

バニラから簡単なルールの説明を聞いてから、ネルは好きなものを紙に書き出し、それをソフィアとマリアに渡した。
料理を用意するのは、彼女らの仕事らしい。
「安心してよ。そこらの店から調達するだけで、私たちが作るわけじゃないの。残念だけど。」
「ホント、残念です。」
マリアとソフィアが口々に言った。ネルも
「そうだね、残念だね。」
と言ったが、内心ホッとしていたのは内緒だった。


対戦の舞台セットが組まれ、撮影が始まった。
司会者もバニラだった。なんでも自分でやりたがるマー・・・・ウサギ族だ。

「シーハーツ誇る隠密ネル・ゼルファー。
クリムゾンブレイドとしてどんな任務も完璧にこなす、そのストイックな表情の裏には、どんな食わず嫌いが隠されているのか?
 デカい男に伴われて登場です!」

・・・・オレの紹介は「デカい」だけかよ。
クリフは思ったが黙っていた。

「対しましては、紋章学が生み出した宇宙の救世主フェイト・ラインゴット! 
バグの分際で製作者(オーナー)まで倒してしまい、次に乗り込む先はスクエニ本社ビルか!?
データに食わず嫌いは存在するのか!? 謎が今明らかに!!?
同じく紋章学の申し子マリア・トレイターと共に入場です!」

しかしマリアに続いて現れたのはアルベルだった。
「ちょっとなんでキミなのよ!? フェイトはどうしたの!?」
「ヤツは来られなくなって、代理を俺が頼まれた。」

マリアは無言になり、まじまじとアルベルを見た。
テーブルを挟んで向かい側に座るクリフも無言のままアルベルを見た。

(・・・・この間と同じ展開じゃねぇか?)
(・・・・また殺ったのね・・・。キミは・・・。)


「何見てやがる。・・・あんな野郎の代理なんて気が進まねぇが仕方ない。ネル、俺が対戦相手だ。」
「構わないよ。誰が相手でも全力を尽くすまでさ。」
ネルは不敵に笑った。
「ところでキミ、代理はいいけど、ちゃんとフェイトの好物、食べれるんでしょうね?」
マリアが聞いた。その問いの意味をアルベルはまもなく知る事になる。


「とりあえず、二人とも、お土産ちょーだいよ。」
バニラが手を差し出した。よこせ、と目が言っている。
ネルとアルベルはゴソゴソとお土産を差し出した。通常では、ここでお土産の品を公開し、皆で味わうのだが。
バニラは受け取ると、何も言わずにさっさと自分の帽子の中にしまった。帽子が変な形に膨れた。


そして、ネル・クリフ組、アルベル・マリア組の目の前にそれぞれ大好物が並べられた。

ネルの大好物4品は
  「原始肉」(クリフ作)
  「幻の大トロ」(クリフ作)
  「黄金の納豆」(クリフ作)
  「チョコバニラデラックス」(アルベル作)

ネルは並べられた料理を見渡し、満足げに頷いた。



アルベル(フェイト)の大好物は
  「まずいデザート」(ネル作)
  「やりすぎた代物」(マリア作)
  「超スタンボンバーRPM1型」(パフィ・フェイト合作)
  「超絶破壊ユニット」(バニラ・フェイト合作)


アルベルも自分の前に並べられた物体を見渡した。
顔から血の気が引いていった。

・・・これは食い物なのか?
・・・これが、フェイトの好物なのか?
・・・宇宙人とは、こういったものを食す生き物達なのか?

クリフがテーブルの向かい側から野次った。
「お前なぁ、そんなモンまで食うのか!? さすが漆黒団長だなぁ!」
「そ・・・・。」
そんなわけねぇだろうが!!とアルベルが反論する前に、マリアが言い返した。
「あらどれもコレも気合入れれば食べれるわよ、フェイトの好物なんだから!!」
それから青い顔で口を大きく開けたまま固まっているアルベルの背中を軽く叩いて続けた。
「スタンボンバーは見た目うまい棒だし、破壊ユニットは、そうね、ひよこ饅頭とでも思いなさいよ。
やりすぎた代物は、つまり、やりすぎたのよ。美味しレベルを越えてるって訳。宇宙的天文学的にね!
こうして見ると、この まっずそうな デザート以外はどれも美味よ。キミ、代理なんだからなんとかしなさい。分かっててフェイトをヤっちゃったんでしょう!!!
さぁ!頑張ってネルを打ち負かすのよー!! 私はキミの勝利の女神ー!!」

マリアの不敵な発言にピクリとネルの目じりが吊上がった。
そんなネルを無視しマリアはご機嫌だった。その横でアルベルはしょぼくれた。
別にネルを打ち負かしたい訳じゃない。ただ共演したかっただけだ・・。
アルベルの叫びはもはや声にはならなかった。

司会バニラが進行する。
「さてさてお互いの好物も出揃ったところで、先手ネルたん、何を指定する?」
「そうだね・・・。アルベルに何を食べてもらおうか・・・?」
ネルはそう言って、間をとって相手の料理を見渡した。
それからクリフとこそこそと話し始めた。視線だけアルベルに向けて。

アルベルには、それが気に入らなかったので、目の前に置いてあった「やりすぎた代物」をクリフに向かって投げつけた。
クリフは置いてあったフォークにそれを刺し見事キャッチした。白い歯を見せてニヤリと笑う。
それがますますアルベルを苛立たせた。
しかし「やりすぎた代物」をうまく始末出来た事に喜んだ。
マリアはソレをこの世に生み出したのが自分だった事はすっかり忘れていた。

「じゃあ、まずは・・・。とりあえず食べものにしておこうか。そのまっずいデザートをお願いするよ。」
アルベルは、少しホッとした。ネルの優しさを感じた。しかし次に言った言葉は失言だった。
「そうだな、いくら まずい と言っても、これはデザートに違いない。」

ネルが初めてクリエイションした時にうっかり出来てしまったデザートだった。
ネルはコレの存在を一生の不覚・末代までの恥と思っていて、早く世界中の店から消えう失せる事を祈っていた。しかし「まずい」ので完売は程遠い。アルベルはうっかりネルの古傷に触れてしまったのだ。

「アンタ・・・・。」
ネルは自分の目の前の「チョコバニラデラックス」をアルベルに投げつけた。解け始めたアイスクリームを頭から被ったアルベルの髪はもはやプリン色では無くなった。

(・・・チョコバニラデラックスは俺の自信作だ。是非ネルには食ってもらいたかったのに・・・。)
後の祭りである。しかし良く考えてみれば、好物4品に含まれているのだから、ネルの好物なのかも知れない。(それが食わず嫌いの1品でなければ。)アルベルはちょっぴり浮かれ気分になった。

「さっさと食べな!!」
言われるがままに、アルベルはウキウキしながら、まずいデザートを口に運んだ。
そして。
「・・・・・ま・・・。」
まずいの「ま」まで言ってマリアに蹴られた。マリアの蹴りは師匠ミラージュ直伝で兄弟子クリフをも凌ぐ蹴りだった。
「キミね、ルールわかってんの?  まずい なんて言っちゃダメでしょ! まずくても美味しそうに食べなきゃ! 第一、作った人に失礼よ!?  まずいなんて 言わないで!!!」

ネルは、ぎゅっと目を瞑り何かに堪えていた。テーブルの下で握り締めた拳がブルブル震えている事にクリフは気が付いたが、黙っていた。

「じゃ後手のへそ。ネルたんの好物を。」
構わずバニラが進める。調子が出てきたのか、長い耳がぐるぐる回転を始めた。

「じゃあ・・・。」
アルベルはネルの前の料理を見渡した。どれもまともな食べ物だった。当たり前だが。
原始肉に目が留まった。この巨大な肉にかぶり付くネルを見てみたい衝動が沸き起こった。
「じゃ・・・・・。」

アルベルが発言する前に、ネルの手が「幻の大トロ」に向かった。
それを皿から取り上げ、パクリと口に運ぶ。
「うん、美味しい!! これ一度食べて見たかったんだよね!」
「食べてみたかった、って・・・。食べた事ないの? ネル?」
マリアがきょとんとして、ネルに訪ねた。
それを無視してネルの手は次に「原始肉」を掴んだ。
そしてその中央にバクリとかぶりついた。肉汁が滴り落ちる。
力任せに肉を引きちぎり、ネルはむしゃむしゃ食べ続けた。
「これも美味しい! 初めてだけど、なかなかいける!」 
あっという間に肉の塊は消え、骨だけになった。
横で見守るクリフは、満足げだった。
自分の作ったものをこんなに上手そうに食べてもらえるなんてな。
クリエーター魂が萌えるぜ・・・ッ!

「ちょっとネル・・・アナタ、ルール理解してるの? とりあえず交互に食べるのよ?」
マリアがまた言った。
更に無視してネルの視線は「黄金の納豆」に向いた。
隠密風味の素早い動作で納豆をかき回す。もう粒が砕け散っって粘り気だけになった納豆にしょうゆも足さずに一気に口にかき込む。
そして顔を上げたネルの口からは何千も納豆のイトが伸びていた。
アルベルもマリアも、そんなネルをポカンと口をあけたまま、眺めていた。
クリフだけが満足げに何度も頷いていた。

「こんなもの・・・・、一体なんだい? ネバネバしてて臭いだけじゃないか! 食べにくいし!」
「あのな、ネル。」
クリフはネルの口から伸びる納豆のネバネバを馴れた手付きで拭いてやり、そして自信満々に言った。

「納豆はあまりかき混ぜ過ぎちゃダメなんだ。ちょうどいい頃合で辞めて、さっと軽くしょうゆをかけ、熱い炊き立ての白い米粒の立ったご飯に乗せて一気に食うもんなんだ。お前はまだまだ未熟者だな。」
「・・・そうだったのかい? アタシは初めてだから、そんな事知らなかったよ。」
「今度、納豆の美味い店に連れて行ってやるよ。」
「本当? それは楽しみだね!」


プチン。


二人の様子を、それまで阿呆のように口を大きく開けて眺めていたアルベルの、アタマの中で何かが切れる音がした。

「おい、てめぇら!!!」
「ん?」
納豆の専門店に行く約束をし、互いの携帯の番号を交換していたネルとクリフは同時にアルベルを見た。
「あ・ごめん、アンタが次に食べるものね・・・。えっと・・・。」
ネルは最初に目に留まったもの適当に言った。
「そこの「うまい棒」でも食べてなよ。ちょっとコッチ忙しいから。」
アルベルは言われるがままに、うまい棒を袋から取り出して一気に飲み込んだ。

飲み込んでから思い出した。これは「うまい棒」の形をした「超スタンボンバーRPM1型」・・・・。



・・・・・ポン。


アルベルの腹の右の奥の方で、可愛らしい爆発音がした。

バニラが耳ざとく聞きつけて
「ちょっと!ちょっと! へそ!! 番組中に何するんだよ!! そんな下品な音させないでよ! 放送禁止になっちゃうよ!!?」
いつのまにか持ち出した愛用メガホンをテーブルにバンバン叩き付けた。

「ち・ちが・・・・・・。」

アルベルは否定しようとしたが、言葉が続かなくなった。
胃の中で「超スタンボンバーRPM1型」がはじけたのだ。
アルベルは気を失ってその場に倒れた。更に只でさえ少ないMPも削られ、瀕死状態になった。

それに気が付いたマリアは立ち上がって、アルベルに蹴りを入れた。
「何、突然寝転がってるのよ! それじゃ『マズイ』と言ってるのと同じじゃない!
 まずくても「美味しそうに」してなさいと言ったでしょう!!! 鉄則でしょう!!!」
動けないアルベルにマリアは容赦なく銃口を向けた。

そこに突然クレアが入ってきた。
「会食中、申し訳ありませんが。」
一斉にその場の全員がクレアを見る。

「クレア? どうしたんだい? いつも突然現れるんだね。」
「昨日また宇宙人辻斬り事件が起こったのよ。ペターニで。」
「それは大変だね。捜査は進んでるのかい?」
「えぇ、そして私はその犯人と、ネル、アナタが呑気に会食をしていると聞きつけたのよ。それで心配になって・・・。」
「何言ってるんだい? アタシはそんな辻斬り犯と会食なんかしてないよ。ホント心配性だね。」
「でもこうして駆けつけてみれば、アナタは納豆のネバネバを指に絡めて遊んでいるじゃない。」
「遊んでる訳じゃないよ。アタシは大真面目さ。今度クリフと納豆研究会を発足する事にしたんだ。」
クレアは大きくため息を付きながら首を振った。
「ネバネバなら、オクラの方がおいしいのに・・・。」
それを聞いたクリフは、「一緒に食えば尚美味い。」と思ったが、口には出さなかった。

そこへタイネーブとファリンが入ってきた。
「クレア様、間違いありません! 被害者フェイト様の傷とアルベルさんの持つ刀が一致しました。」
「やはりね。そこに転がっている男を逮捕しなさい!!」
「はい、クレア様。」
二人は頷くと、動けなくなっているアルベルを担ぎ上げ、その「食わず嫌い選手権」のセットから出て行った。



こうして犯人逮捕の一部始終を収めたバニラの番組は、その年の「ドキュメンタリー大賞」に見事選ばれた。
犯人逮捕に一役買った「超スタンボンバーRPM1型」の製作者パフィとフェイトには「発明大賞特別審査員賞」が贈られた。
そして犯人を見事追い詰めたネルとクレアのコンビプレイは一躍宇宙の話題となり、その年の流行語大賞に「クリムゾンブレイド」がノミネートされたが、惜しくも「オーレ・オレオレオー詐欺」の前に敗退する事になる。







おわり。
なんか、はっきり言って、ネルが食べてるところ、・・・・・あんなネル、いやだーーーー!!!