R i n g 1





―――― あれから数ヶ月、
イリスの野のほぼ中央に建つボロ別荘が漆黒の若手芸人団員たちに寄って美しく改装された。

※「あれから」というのは、クレアがオスカーに輝き、バニラがドキュメンタリー大賞を手にした頃
からである。



クレアのしつこい撤去命令を無視し続けた別荘管理人(他称)アルベルだったが、
「もう少し見栄え良くすれば、クレアだって黙るよ。」というネルの一声に
普段見せない有能振りで部下にテキパキ命令を下し、ボロ別荘を見事な居城(実は張りぼて)に
大改装したのである。



これには異星人たちもシーハーツの女の子達も驚き感激し、美しい城を見上げながら口々にアルベルを 褒め称えた。
「アルベル、俺たちのために・・・・よくやった!アルベル!」
異星人の感激の声など無視しながら、アルベルは城を見上げてニヤニヤしていた。
(俺達の・・・・アイの巣・・・・)

「ずいぶん素敵に仕上がったじゃないか!」
ネルがやってきてアルベルの横に立った。

「フェイト達も喜んだだろうね。撤去命令は一時お預けってクレアも言ってたよ。」
「ネル・・・・。」
アルベルは心に思っていたことを素直に口にしてみた。
「ここで一緒に暮らさないか。」
「嫌だ。」
ネルはアルベルを見向きもせず、城を見上げたまま即答した。
「何故!!!?」
「・・・・だって私、自分の実家もあるし、城に部屋も頂いてるし、これ以上増えたら逆に面倒だよ。
 それにシランドからこの距離じゃね・・・。
 もっと離れたところなら本当に別荘にしてもいいんだけど。」



今度はムーンベース辺りに建てよう・・・。とアルベルは思ってまたニヤリとした。
そんなアルベルを見て、クリフもニヤリとした。





その日の午後、クリフはアルベルを誘い出し、まだ明るいうちから酒場へ連れ込んだ。
「なぁお前、もしかしてネルに気があんのか?」
カウンターに着くなりいきなりクリフが切り出した。
「前々から、お前の行動には変だと思っていたんだがよ・・・。
 そうならそうと言ってくれりゃいいだろうが!
 普段からお前は挙動不審だから全然分からなかったぜ!」
「・・・・・。」
ずばり言い当てられたアルベルは膝の上の自分の手をモジョモジョ動かしながら俯いていた。
「まぁ俺が協力してやるからよ、安心しな。」
「・・・・協力?」
胡散臭そうにクリフを見る。
「俺はお前なんかより、一回りも余分に人生やってきてるんだぜ!
 そういった恋愛経験もそりゃ数知れずってもんよ。」
「へ・へェ・・・」
自信満々に言う時のクリフは余計に胡散臭そうなのだが、アルベルは強い味方が出来たみたいで嬉しくなった。

「昼間の話からすると、お前、あの別荘でネルと暮らしたいのかよ。」
「え?・・・・・ま・まぁそうだ。」
(まぁあの別荘じゃなくても、どこでも俺は構わないんだが・・・・)

「でもアルベル、あの別荘は俺たち皆のモンだぜ。ってことは皆と一緒に暮らしたいって事か?」
(いや何故そうなる・・・・?)

「確か2階には部屋が三つだったな・・・・。
 マリアは絶対個室じゃなきゃダメだって言うな、ワガママちゃんだから・・・。
 俺は誰とでもいいが、フェイトだけは勘弁だ。アイツといると何故か貞操の危機を感じてならねぇ・・・。」

(だからあの別荘じゃなくても、どこでも俺は構わないんだ・・・・)

「ッてことは、一つがマリア、もう一つにフェイトを閉じ込めて、ここにはソフィアの嬢ちゃんも一緒でもいいか・・・。
 んで最後の一つに残り全員・・・・。あ〜これじゃ、お前がネルとは二人きりになれねぇなぁ・・・。」

(だからどこでも俺は構わないんだ・・・・)

「残るはキッチンか屋根裏だが・・・。屋根裏といえば、アレだよな。
 意地悪な継母に呪いにかけられた姫が閉じ込められたりしてるんだ! 
 あ!
 いいねぇ〜萌えるじゃネェか、このシチュエーション! コレだ!」

(・・・・・・だから俺は・・・・。)

「ネルは屋根裏、お前はキッチンに住んで、夜な夜な屋根裏の姫を助けに行くってのはどぉだ!」

(・・・・どうして俺は部屋を3つしか作らなかったんだろうか・・・・・。)
アルベルはどうでも良くなってきていた。クリフはテーブルに間取図まで描いて考え込んでいる。

「まぁあそこで暮らすことはあまり考えない方がいいかもな。折角の別荘だが。」
クリフはさんざん考えた末にアッサリと言った。

「だいたい一緒に暮らすなんて事より、もっと先にやんなきゃならネェ事があんだろうが、お前。」
「あ?」
「告白だよ! いいかアルベル、むこうはお前の気持ちにコレッぽちも気づいちゃいねぇ!」

・・・・・そんなまさか。これだけ今までアピールしてきたのにか!?
「いや、そんな事は・・・・。」
「いやあるって。絶対何とも気が付いちゃいねぇ! 断言しても構わないぞ。
 もし気が付いててのあの態度だとしたら、お前、アイツは相当の食わせモンだと思うがな。
 むしろそうだとしたらお前なんかじゃ相手にならネェ・・・。」

クリフの言葉にアルベルは黙り込んだ。
クリフはそんなアルベルの背中を思いきりバンバンと叩いた。
「大丈夫だって! 俺に任せろ! な!」
クリフは励ましのつもりで背中を叩いたのだが、その時アルベルはあまりの衝撃で失神しかけて
椅子から落ちるところだった。
翌日アルベルの背中には大きな手の痕が幾つも残ってヒリヒリしていた。

そんなアルベルをお構いナシにクリフは目の前のグラスを一気に飲み干すと、
「さぁ行くぞ!」
とアルベルの腕を掴んで店から出た。



クリフはシランドのお金持ちが好んで集まる通称「並木通り」にアルベルを連れてきた。
「まずアイテムを用意しなきゃな。」
立ち並ぶ高級そうな店の一軒に二人が入ると、中の店員達が超営業スマイルを向けて
「いらっしゃいませ〜! 本日は何をお探しでしょうか?」
とワラワラと寄って来た。
そこはジュエリーショップだった。
「女はいつの時代でもヒカリモノが好きなんだ、アイツだって例外じゃないはずだ!」
クリフはそうアルベルに囁いてニヤリとしてから、店員達に言った。
「エンゲージリングを探してるんだ! とびっきりの!」


「まぁお相手はどのような女性なのですの?」
「薬指のサイズはお分かりになりますでしょうか?」
「ご一緒にマリッジの方も如何ですか? デザイン的にペアになっているものもございますよ。」
「お式はいつですの?」
「いや俺じゃネェ、こいつなんだ。」
店員達は今度はアルベルに群がって、次から次へと質問を浴びせ、
そして次々と入れ替わり立ち代り当店自慢の指輪を持って来て見せるのだった。

「なぁクリフ・・・。」
「あぁ?」
「こんなモンが必要なのか!?
 俺はもっと、こうシンプルに・・・。キモチが伝わればいいもんだと思うが。」
アルベルはワラワラ寄ってくる店員達を押しのけて店を出てから言った。


「そうか。お前って、そうゆうタイプだったか。」
クリフは一人納得してアルベルの腕を掴むと今度は「工房」に連れ込んだ。

「まさかDIYが好きとは思わなかったぜ!」
「それはどうゆう・・・・?」
「Do It Yourself!!! さぁ作るぞ! 指輪を!!」
「え?」
「気持ち込めて作るんだろ!」
「え? あ・あぁ・・・・。多分・・・・・」
アルベルは自分でも何を言ってってるのかどうしたいのか分からなくなりながら
クリフと作業を始めた。

カン・カン・トン・トン・・・ドン・ドン・ドンジリドン・・・♪


「出来た!」
「不気味な指輪が!!!」

完成したソレを高く掲げてそのまま数分、二人は黙り込んだ。
歪(いびつ)なそれは怪しげな光をかもし出している。

こんなにアルベルが不器用だとはクリフも計算外だった。
クリフは一つ咳払いをしてから諭すように語り始めた。

「アルベル・・・。女には二つのタイプがある。
 拾ってきた石ころでもキモチがあればと喜ぶタイプ、
 こんな役に立たないものを!と怒るタイプだ。」

「なるほど。」

「ネルが前者である事を祈ろうぜ。
 ちなみにディプロの女共は全員後者だ・・・・・。」

この指輪を渡すだけで果たして俺の気持ちはちゃんと伝わるのだろうか?
出来上がった指輪を見つめながらアルベルは考えた。そして・・・・。

そうだ!
いい事を思いついた!

ここに愛のメッセージを刻んでおこう・・・。
そういえばオヤジも昔、何か記念日にメッセージを指輪に刻んでママンに渡してた・・・・・・・・・・・・・・・。




久々に本気クリエイチョンをしたせいで疲れた二人はそのまま工房で寝込んでしまった。
長い耳の怪しげな陰が入ってきても二人は気が付かなかった。




そして翌日。
――――― その不気味な指輪はなくなっていた。


「ああぁーーーーーーーーーーーーーーッ! ねぇッ!!!!」
「どうしたアルベル?」
「昨夜確かにここに置いたのに!! 誰かが盗みやがったんじゃ・・・・ッ!」
「おいおい冗談だろ、あんな不気味な指輪、誰が盗むよ?」
「うるさい! 不気味不気味言いやがって!!! チキショーどこ行った?」

二人は工房中を探したが指輪は見つからなかった。
その時、フェイトがやってきた。

「探したよ!二人ともこんなところで何してたんだよ、一晩中・・・・・ボクを差し置いてまさか・・・。」
キラリとフェイトの目の先が光った。

「フザケんな阿呆! テメェには関係ネェ事だ!!! あっち行け!!」
アルベルは指輪が見つからない苛立ちからフェイトに向かってそう怒鳴りつけ顔を真っ赤にして怒った。
フェイトもそれにムッとしてアルベルに背を向け怒鳴り返した。
「そうかよ、勝手にすれば!」

フェイトはそれから、ボーっとしているクリフに「集合だよ。」と言った。
「久々にバニラが山から下りてきたんだよ。別荘に集合さ。
 きっとまた何か撮るんじゃないかな?」
「また訳のわかんねぇ脚本でも書きやがったのか・・・・。」
「とにかく集合だから。伝えたよ。じゃ。」
フェイトはそう言って工房を出て行った。
クリフもフェイトに着いて行った。
工房を出る時「お前はどうするよ?」とアルベルに声を掛けたが
アルベルはクリフの言葉など無視して指輪を探し続けていた。


あれは俺がネルに・・・・。
だいたい愛の言葉まで刻んである指輪だぞ! アレを他人に見られたら・・・・。
想像するだけで恥ずかしくて顔が熱くなり湯気が出ているような感覚さえ覚えるのだった。
絶対見つけなければ・・・俺の・・・俺の指輪・・・・・・。








別荘。

「やぁ皆揃ったね。ん? ヘソがまだ来てないようだけど・・・。ま・いっか。」
バニラは一同を前に、ご自慢のメガホンを床にバンバン叩きつけて話し始めた。

「素晴らしい脚本が出来上がったんだよ!
 構想1日製作3時間の超々大作スペクタクルファンタジー時代活劇サスペンスさ!!」

「へぇ・・・楽しみだな・・・。」
皆は興味津々だった。
何だかんだ言ってもバニラの作品はその度に宇宙の話題になっているのである。

もしかしたら、本当に実力アルのかも・・・。と誰もが思い始めていた。


「で今度はどんな話なんだい!?」
フェイトが聞くのを待ってましたとばかりにバニラは咳払いをして、
おもむろにポケットから何かを取り出した。

(あ・あれは・・・・・・・・。)
クリフは息を呑んだ。

それは不気味な歪な指輪だった。


「この呪いの指輪を巡る冒険ファンタジーさ。
 この指輪、世界でタダ一つの魔法の指輪を巡って、人間・エルフ・マーチラビット族が
 巻き起こす愛と冒険の話なんだ。」



「チョット見せてください。」
ソフィアが指輪を受け取った。
「ホントに何かに呪われてそうな指輪ですね・・・。これ映画の小道具じゃないんですか?」
ソフィアがマリアに手渡した。
「何か文字が刻まれているわ。何か意味があるのかしら? この星の文字?」
マリアがネルに渡した。
「なんだろう・・・。見たことない文字だね。
 ここら辺にはこんなヘニョヘニョした文字の言葉はないよ。私の知る限り。」
ネルがロジャーに渡した。
「本当だ、オイラも見た事ない。それにすごい不思議な力を感じる。 
 よっぽど強い思いが込められてるじゃんよ!」
ロジャーがフェイトに渡した。
「よほどの強い呪いか・・・・。」
フェイトは指輪をじっくり観察していたが、何を思ったのか、突然自分の薬指にはめてみた。
「おやピッタリだ!・・・・って、え?? えぇ??」

フェイトが突然息を荒げて自分の指を押さえ込んだ。ソフィアとマリアがフェイトに駆け寄る。
「どうしたのフェイト!?」
「と・とれない!!! この指輪!!!」

「バニラさん、この指輪一体なんなんですか!?」
ソフィアが泣きそうな声を上げた。フェイトは見る見る青ざめて呼吸も苦しげだった。
「え? あ・ え〜と・・・・。」
思いもよらなかった事態にバニラも慌てた。
「だから、つまり・・・・・、拾ったんだよ・・・・・。昨夜。」
「拾った!? 何処で!」

「いや、だからそのぅ・・・・・。」
昨夜工房にいる二人を見つけ、そこで手に入れたとはなかなか言い出せなかった。
(でもあんな変な指輪だし、どう見ても失敗作だよね。)
バニラはそう思って勝手に拝借したのだった。


クリフはその光景を前に黙ったまま微動だに出来ずにいた。
バニラ同様、思いも寄らない事態にどうしていいのか頭が回らなかった。
(アルベルのヤツ、何考えて作ってんだよ・・・・・ッ!)


その時指輪がフェイトの指から抜け落ちた。
皆、無言のまま転がっていく指輪を見つめていたが誰一人拾おうとはしなかった。

「今まで全然抜けなかったのに、どうして突然・・・・。」
フェイトも顔に生気を取り戻し始めた。
「こんな指輪は早いとこ処分した方がよさそうだね。」
ネルはそう言ってバニラを見た。
みんなもバニラを見た。

バニラは少し落ち着きを取り戻し、メガホンを拾い上げてから話し始めた。
「やはりこの指輪は呪いの指輪なんだ!間違いない!
 この指輪は魔王の呪いから作られた指輪だから、早いトコ処分してしまわないと大変な事になる。
 現に今フェイトでさえあんな苦しみを・・・・・。」

クリフは黙って聞いていた。

「誰か人の手に渡って取り返しのつかないことになる前に何とかしないと・・・・。」
「でもどうやって処分を・・・・。」
「燃えるゴミでしょうか? 燃えないゴミでしょうか?」

再びバニラがメガホンをバンバン叩いた。皆は静まりバニラを注目した。。
「この指輪は・・・・・滅びの山で拾ったんだ。
 だから滅びの山の火口に捨てるんだ。指輪は滅びの山の焔でしか消滅させられないんだ!」

バニラがもっともらしく言った。
みんなは真剣な眼差しでバニラの話を聞いていた。

この指輪が世間に出てしまったら大変な事になる。
なんとかして自分達で処分してしまわなければ。
一同はかつて持っていた正義感と勇気を少し取り戻し始めていた。

胡散臭さを感じているのはタダ一人クリフだけだった。
しかしクリフは何も言えずに立ち尽くしていた。

「滅びの山の焔か・・・。でも滅びの山って?」
フェイトが今までにない真面目な声で言う。
バニラも調子を合わせて答える。
「その場所は・・・・バール山脈の奥深くウルザ溶岩洞の焔だ。(多分きっと)」
「そこへ行って捨ててくればいいんだな・・・。」
フェイトは顎に指を当てて少し考え込んだ。


あの場所が・・・・。
しかしバニラはアソコに住んでいてそのバニラが拾った・・・・・。つじつまは合う。
一体何処までバニラの脚本で何処までが現実なんだ?
しかし、あの指輪をはめた時の衝撃、そして見えた映像・・・・。ただの指輪とも思えない。
皆には黙っていたが指輪をはめた時フェイトには違う世界が見えていた。
なにやら恐ろしい怨念みたいなものがザワザワと動いていたのだが、
それは何処かで見たことのあるような感覚がしたのだ。
ただそれが何なのか思い当たらないので黙っている事にした。


「ウルザ溶岩洞なら、前にも何度か行った事がある。よし僕が行って捨ててこよう。」
フェイトは皆を見回して言った。
「フェイトが行くなら私も行くわ。この銃で援護してあげる。」
マリアがすかさず銃を構えて言う。何故かその照準はクリフに向いている。
「私も行きます。」
ソフィアもライバルに負けじと立候補した。マリアとの間で火花が散る。
ネルも少し考えてから立候補した。
「私も行くよ。
 そんな指輪がもし万が一誰かの手に渡ったら、この国の一大事になるかもしれないからね。
 指輪の最期を見届けなきゃ。」
クリフも無表情のまま立候補した。
「俺も行く。まかせろ。」


(全くあのバカ。何てモン作ってやがるんだ。只の指輪じゃねえのかよ、何を考えながら作ったんだよ。
 しかも文字なんか刻んで余計にややこしくしてんだよ、ネルにも読めねぇ文字書いて
 このヘタクソが!!!)

しかしあの指輪が本当に呪いの指輪だとしたら・・・・。
あの指輪が例のアルベル指輪なのかどうなのか見極める義務が俺にはある。
そして俺にはアルベルの恋を成就させるっていう仕事もある。


「よし、これで旅の仲間が決まったね。」
バニラは結果オーライという感じで満足げに頷きながら皆を見渡した。
これで今年のオスカーも僕の手に・・・・・・ッ!



一方その頃、シランドの街中で挙動不審な漆黒団長が目撃され住民に気味悪がられていた。
その通報を受けたクレア・ラーズバードは大きなため息を付いた。
「最近こんな仕事ばっかり・・・。」
そして挙動不審者を補導するため城を後にした。


アルベルは周囲の視線など気にも留めずに地面を這いずり回っていた。
どうしても取り戻さなければ・・・・。俺の・・・・俺の・・・・愛しい・・・・・・・ブツブツ・・・・・・。








つづく(多分)