クレアの勘違い





「ふざけんな、なんで俺が!? この間行ってきたばかりじゃねぇか! 俺はテメェの雑用じゃねぇ!」
「ん? オマエがアチラへ行きたがってるようだから、俺が口実を与えてやってるんだぞ。」

アーリグリフ城の謁見の間に、主君と家臣とは思えない会話が響き渡っている。

「いいから、コレ持って行って来い。命令だ。それと、帰りでいいからウォルターの所にも顔を出すんだぞ。寂しがってるだろうからな。」
「な訳あるかよ。あのジジィが。」


この国の王アルゼイから親書のようなモノをひったくると、アルベルはわざと足音を立てて出て行った。
「どうゆう事なんですか?」
先ほどから、二人のやり取りを黙って眺めていた王妃が訪ねる。
「それは・・・。それは、お前の親友とやらにでも、聞くといい。俺もウォルターに聞いただけだから、本当かどうか・・。」
「私の・・・親友・・・?」
王妃は不思議そうに首をかしげたが、アルゼイはそれ以上何も言わなかった。




午後の日差しが差し込むシランド城の自室でネルは、珍しく穏やかな時間を過ごしていた。
こんな落ち着いた時間があるという事は、平和な証拠だ。
紅茶でも入れて、読みかけだった本「奥の細い道」の続きでも読もうとしていたところに
控えめなノックでクレアが入ってきた。
「ちょっといい? 話があるのだけど。」
「あぁ、クレア。ちょうど今、お湯を沸かしてお茶でも入れようかと思ってたトコさ。」
クレアは勝手に部屋にある椅子に腰かけ、お茶の準備をするネルを見ていた。

「ファリンから聞いたんだけど。近々お嫁に行くんですって? ネル?」
「・・・? 紅茶入ったよ。砂糖はいらなかったよね? ・・・ファリンが何だって?
あのコ、そんな事、アンタに言ったの?」
「言ったわ。はっきりと。 ・・・・・・あ・ありがと。」
「へえぇぇ。」
ネルは自分の分のカップを持ってベッドに腰掛けた。

ファリン、あのコが。

「そりゃまぁ、そうゆう話も無くはないよね? 年頃だしさ。」
「え? そうなの?」
ちょっと驚いた顔でネルを見つめるクレア。・・・の反応に驚くネル。

その反応は、どうかと思う。年下に先を越されて複雑なのだろうか?
そんな事を気にするようなタイプではないと思ってたケド。
・・・ソレにしても。ファリンもまた、何でクレアに話したんだろう?
話すなら、まず、直属の上司の私に言うべきだろうに。
ちょっと筋が違うんじゃないのさ? あのコのアタマの中って、イマイチ良く分からない。

ネルは内心複雑な気分で、
「仕事、どうなるのかな? やっぱり家庭に入るとなると、両立は難しいだろうからね。」
「その事なら、私に任せて! ちょっと寂しくなるけど、仕方ないわよね。
ネルは気にしなくていいから。」
・・・まぁクレアの事だから、たとえファリンが抜けても、代わりに誰か遣(よこ)してくれるんだろう。
その心配はしてない。
にしても。自分の直接の部下の事でもないのに、クレアも何でこんな真剣な顔してるんだろう? 
「タイネーブも知ってるのかな?」
「そりゃ知ってるでしょ。二人とも、アナタの事大好きみたいだし。」
しかし、その大好きな(?)私に一言もなく、クレアに話したってわけか。
まぁ、いいや。後で二人からじっくりきっちり聞き出すから。

「やっぱり式は向こうで挙げるの? ココの礼拝堂がいいと思うのに。」
「え? 向こうって。」
「アーリグリフでしょ。ロザリアの式の時、もっと勉強しておくんだったわね、ネル。」
何を? 何で私が? それにしても・・・。
「アーリグリフの人なのかい?」
「そうでしょ? 確かに、本人はそうゆうの気にしないタイプに見えるけどね。」
「・・・え? 会ったの? クレア?」
「えぇ、さっきも会ったわよ。」
「さっき !?  って来てるの!? ここに?」
「・・・・・・またまたぁ。とぼけっちゃって。アナタが知らないはずないじゃない!」
いや、知らないし。
・・・ファリンのヤツ〜!
何でクレアが会って、私に会わせないのさ!!? 話すら聞かされてないし。
クレアの話ぶりだと、もう何度か会ってるような感じだ。
一体、どうゆう事なのさ!?
「ごめん、ネル。私が先に会っちゃって、そんなに怒るとは思わなかったから。
ちょうど陛下にご報告申し上げていた所に、使者として入って来たのよ。王の書簡を持って・・・。」
使者? ッてことは、ソイツ―――私の部下をお嫁に貰って行くのに、私に挨拶にも来ないやつ、”ソイツ”で十分だ!――――は、 王の使者なんか務まるくらいの、それなりの地位のあるヤツって事か。


なんか、イライラしてきた。
後で絶対、ファリンを締め上げる!


そんなネルとは反対にクレアは何だか楽しそうに
「やっぱリドレスよね? それは共通じゃないかしら?」
「知らないよ。そんな事。本人同士が決めることじゃないか。」
「ネル・・・?」
イライラが落ち着くと、なんだかどうでも良くなって、投げやりな答え方をする。

「・・・・・・・・・。ネルがそんなにシャイだとは思わなかった。」
シャイ? それは違うと思うけど。
「そうね、本人達で決めればいいことだし。あまり周りに言われたくないわよね・・・。」
「そう思うよ。周りが口出す事じゃないよ。」
何の報告もされてないってのに、私に何が言えるってのさ?

「分かったわ。じゃ、もう何も言わない。でもね・・・。」
そこで一旦コトバを切って、クレアはネルを見据えた。なんだか、顔が怒ってるような・・・。


「でも、いくらなんでも、ファリンの口からではなく、直接アナタの口から聞きたかったわ! 
親友だと思ってたのに!」

「はぁ?」


クレアにしては珍しく感情的にそう言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。


なんで私に怒るのだろうか?
自分の部下の事をちゃんと把握してなかった事を怒っているのだろうか?

部屋に残されたネルは、クレアが出て行った扉を暫くポカンと眺めていたが、思い出したようにカップに残っていた紅茶を飲み干すと、
「ファリンを捕まえなきゃ! 問い詰めてやる!」
と呟いて部屋を出た。


「アンタ・・・・・。」

部屋を出た所で、多分2階から降りてきたらしい漆黒団長アルベルとばったり会った。
「来てたの? 何してんのさ? 」
「来ちゃ悪ィか!」
いつもに増してご機嫌が悪そうだ。
「最近、よく見かけるけど・・・。まさか何か企んでるんじゃないだろうね?
もしそうならタダじゃ置かないよ。」
「ふざけんな! 企んでるのはテメェらの方だろうが!!」
「人聞きの悪いこと言わないでおくれよ。私達が何を?」
「じゃあ何だ、アレは!?」
アルベルが指差す方を見ると、ソコにはニコニコしてるファリン・タイネーブと、恨めしそうな顔で睨むクレアの姿があった。
「皆、何して・・・?  ・・・・・・ファリン! アンタ!」
「ネル様、お疲れ様デスー。アルベル様は今日 御使者として行らしたそうなんデスけどォー。」
「使者だって?」
ハっとなるネル。
「て事は・・・。」
今、この城に使者として来てるアーリグリフの男・・・。
ファリンもファリンだ。なんて遠まわしな紹介の仕方・・・。
しかし、一体どうして!?


「分かったか! このクソ女! 分かったら、アイツらを何とかしろ! 阿呆!!」
「よぉく分かったよ・・・。
アンタ良くも私の大事な部下に・・・! そうゆうトコだけは信用出来ると思ってたのに! 
何企んでるのさ!!」
「・・・・・はぁ? テメェ、何言って!?」
「たぁッ!!」
ネルはアルベルに身をかわす間も与えず、蹴りを入れる。
城の入り口手前まで吹っ飛ぶアルベル。

「何しやがる!?」
「上等じゃないか! 表へ出な!」

「あ・あのォー!」
「ネル様、いくらなんでも、それはちょっと・・・!!」
あわててファリンとタイネーブが止めに入る。
我に返るネル。
しまった、つい、ファリンの婚約者を蹴り飛ばしてしまった!
だが、どうにも納得できない。
「ファリン、よりによって、何であんな! あんなヤツ・・・! ・・・!!」
ショックが大きかったのか、コトバが続かない。何故ファリンはこんな男と・・・!?
そこへ、当の本人のファリンが場に合わない、素っ頓狂な声で、それもデカい声で


「 ”あんなヤツ”・・・でも、ネル様はあの方が、お好きなんですよねー!!」


と言った。いや、叫んだ。

「・・・・・は?」
何、言った? このコ?
見ると横のタイネーブもニコニコしている。
「・・・・・・・何だって? 」
「この間、カルサアまで行ったとき、アストールさんに聞いたんです。お二人の事。」
「お二人って?」
だんだん嫌な予感がしてくる。
「ネル様とアルベル様の事ですー。」
「私と・・・アイツ・・・?」
つい、向こうへ吹っ飛んだアルベルを見る。
ものすごい怖い顔でこっちを睨んでいる。
「お二人が、ご結婚秒読みだって、アストールさん、言ってましたデスー!!」


何か、不吉な予言書の一節のようなコトバを、このコは言った・・・。


あまりの衝撃に声も出ないネル。目を見開いて、信じられないものでも見るようにファリンを凝視する。
「アストールさんは、風雷のどなたかに聞いたって言ってましたよ。」
のんびりした声で付け加えるタイネーブ。こっちもこっちだ。
「多分その風雷さんは、ウォルター様に聞いたのだと思いまして。 アルベル様の御後見人でいらっしゃるウォルター様のおっしゃる事だから、事実だろうって。」
「それで、そのジジィの妄想が、あの国王の耳にも入ったというわけだな?」
アルベルがいつもよりも何トーンも低い声で唸り、目をギラギラさせてファリンとタイネーブを睨みつける。
「それは・・・・・、わかりません・・・デスぅ・・・。」
「フン。あのクソジジィ、たたッ切ってやる!」
そう言い捨てると、アルベルは、クルリと背を向けて城を出て行った。

「あのネル様・・・?」
「・・・え?」
「何か、怒らせるような事、言っちゃいましたか?」
「・・・そうだね。そんなバカな事言ってないで、仕事しな。」
「ネル様・・・」
ネルはそれ以上は何も言わず、軽く頭を振り、自分の部屋に戻った。
ショックと疲労感が大きく、ウォルターへの怒りがこみ上げて来るのに、数時間を要した。
そしてそんな話を真に受けたアストールの処遇をどうするか、考えるのだった。

「結局のところ、どうなんですか? お二人は。」
残されたタイネーブが黙ったままのクレアに声をかけた。
クレアは少し考えるふうにしてから、ニヤリと笑った。

「結局、二人とも否定しなかったわよね・・・。」



カルサアでは、暫くウォルターの姿を見たものはいない。
噂では、何かひどい目に遭って、部屋で寝込んでいるとの事だった。
また、ちょうどこの頃、包帯をグルグルに巻かれたアストールの姿を同街で度々見かける事も出来た。
 




無駄に長くなってしまった。
クレアとネルの会話を書きたかっただけでした。
アストールさん、ゴメン。出番ないのに、酷い目に遭わせて・・・。