ある日のネルとマリア





ペターニの街のホテル「ドーアの扉」のエントランスに置かれたティーテーブルに腰掛け、
青い髪の少女マリアは肩肘をつき、一人ため息をついていた。

「はあぁ・・・・ッ。」

天気の良いお昼前。
「こんな事してる場合じゃないのよね・・・・。」
誰に言うでもなく呟く。

部屋を片付けて出てきたネルが、そんなマリアに気が付いて声を掛けた。
「マリア? フェイトと買い物に行ったんじゃなかったのかい?」
「ネル・・・・。そう、そのつもりだったんだけど。」
「?」
ちょっとふて腐れた様子のマリア。
「ソフィアも行くって言うから。」
「一緒に行けばいいのに。」
「でもそんな何人もで行くほど、沢山買うわけでもないし。」
ネルはホテルのカウンターに何か一言二言告げると、マリアの向かいの空いている椅子に腰を下ろした。
「ふーん。でここで何してるんだい?」
「別に。する事もないから、ただ皆が帰ってくるのを待ってるだけ。クリフもアルベルも何処か行っちゃったし。」
そして大きく息をつく。

「暇なら、一緒に行けばよかったじゃない。買い物。」
「・・・・! 暇じゃないわよ。いろいろ考えなくちゃいけない事だってあるんだから。」
「そう。」
「そうなのよ。」

むずかしい。


「損な性格だね。」
ネルがポツリと言った。
言ってから、しまった!と思った。
マリアの様子と伺うと、今の言葉を大して気にする風も無く、ポケーっと外を眺めている。

そこへ、先ほどネルが頼んだのだろう、紅茶が運ばれて来た。
「あぁ、アリガト。」
マリアは素直にそう言い、カップに口を付け、
それから徐に
「ホント。損な性格だわ。お互いにね。」
と付け加えネルを見た。
「?」

お互いに? それは自分とネルの事を言っているのだろうか?
「今までアレだけ嫌いって言ってると実はそうでもなくても、今更そんな事、言いにくいんじゃない?」
「あぁ、そうゆう事。」
アルベルの事か。ネルは納得した。
でもソレが、損だとは全く思ってない。
確かに前ほど嫌いじゃないが、だからと言って別にわざわざそんな事を宣言するつもりはない。
一緒に行動をしている中で、仲間の雰囲気が悪くならない程度にしか付き合うつもりもない。
この状況では、個人の些細な事などどうでもいいと思うからだ。

「ホントは・・・・こんな事で悩んだりしている場合じゃないって事はわかってるのよねぇ。
 目の前にやらなきゃならない事があって、私は今までその為に戦ってきたのだから。
 全てが終わってしまったら、こんな悩みすら消えてしまうのに。」

マリアが言う「消えてしまう」というのは、この世界も己の存在も消されてしまうという事だ。
スフィア社の社長とかいうヤツによって。
頭では判っていても、ネルには、やはりピンと来ない話だった。
フェイトやマリアの言う言葉や話は、感覚的には殆ど理解出来てない。
ただ、彼らの為に自分がやれる事があるのなら、とそんな思いで行動を共にしていた。


マリアは、もう殆ど独り言のようにポツリポツリと。

「同じ存在で、境遇で・・・。ただの共感かもしれないって、思うこともあるのよ。」

時々カップを口に運びながら。

「その時その時の感情だけで行動するのは、どうかと思う。
 でも・・・・あんな風に無邪気になれたら、どんなにいいかって。羨ましいのも事実だわ。」

「こんな事でヤキモキしてる自分を認めたくないだけね、きっと。」
「ふーん。なるほどねぇ。」

マリアはその言葉で、ふとネルを見て。
「ネルは・・・・。損な性格、というより、ただ鈍感なだけなのね。」
「は?」

そこへフェイト達が戻ってきた。
ソフィアの明るい声がホテルの中に入ってくる。
「お待たせ!」
「ただいま!」

続いて、両手に抱えきれない程の荷物を持ったクリフとアルベルが入ってきた。
それを見てマリアは、半分立ち上がり、声を上げる。
「何? 一緒だったの?」
「うん、広場で暇そうにしてる二人を見つけたから、荷物持ちにと思ってさ。」
そう言うフェイトは何一つ手荷物は持ってない。
「ふざけんな! 年上をコキ使いやがって!」
「構わないだろ? どうせ暇そうだったんだし!」

呆気に取られるマリアとネルを無視して、今買ってきた荷物は目の前にどんどん置かれていく。
「おいアルベル、そう乱暴にするなよ! 特に果物は大事に扱えよ! それ全部持っていくんだからな!」
「全部!? 持てるかよ! ふざけんな! テメェ・・・・ッ!!」
「砂漠を越えるんだから、当たり前だろ? 文句言うなよ。」
「だいたい、何でテメェは、そんなにエラそうなんだよッ!?」
「水分とビタミンを補給できる物をとりあえず買い込んできたんですけど・・・・。
 ごめんなさい、アルベルさん・・・。手伝いますから・・・。」

ネルは無言でそんなやり取りを眺めていた。
いつもフラっと一人で何処かに行ってしまうアルベルが、フェイトにコキ使われ文句を言いつつも、
会話に交じっている様子が、面白く、珍しく、少しばかり微笑ましかった。

そして不意に マリアの言葉が思い返された。


 ――― 全てが終わってしまったら、こんな悩みすら消えてしまうのに ――― 。

あぁ、そうゆう事か。
こんな些細な感情も、全て他人の手によって造られたものかもしれなくて。
簡単に、他人の意思で消されてしまうんだ・・・。

だったら・・・。
どんな些細な感情でも大事な事もあるんじゃないだろうか?


「さぁ、もう準備はいい? だったら出発しましょ! ホント時間の無駄だわ!!!」
マリアの明るい声が響く。

「おい、何呆けてるんだ? テメェは!!」
肩を掴まれ我に返る。
見ると無理やりに持たされた荷物を抱えたアルベルが皆に続いてホテルを出て行くところだった。
「行くぞ。」
「・・・・あのさ。」
「うるせぇ。後にしろ。」

「・・・・・・・・・。」

何か言ってあげようと思ったのに。



『・・・・損で、更に鈍感かも。』


「まぁ、それも仕方ないね・・・・。」

ネルはため息を付きながら、最後にホテルを出て行った。







 



 




ネルとマリアは・・・・。二人とも意見とかはっきり持ってそうなので、
ぶつかる事が多いんじゃないかと思う。
で折れるのはネルの方。 でもそれは仲が悪いわけでは無くて、お互いに認め合ってるというか。
庇い合ったりする関係ではなくて。

そうそう、強がってる同士って事だわね。頑張りすぎて疲れた所で鉢合わせるとか。(何ソレ)


挿絵・・・5分・・・・。(汗)。