2 Day





職人気質な雰囲気の街の狭い路地を抜け、古びた建物の地下へ続く階段を降りると、
そこにはこじんまりした職人達が集まるバーがあった。

「へぇ。こんな店をアンタが知ってるなんて意外だねぇ。」
「・・・・こっちだ。」
カウンターの席に向かうアルベルに従いながら
「この街には何度も来てるけど、こんな洒落た店があるなんて知らなかったよ。」
ネルは素直に思ったことを口にしただけだったが、何が気に障ったのかアルベルは
「シーハーツのスパイに、この街の隅々まで知られてたまるか!!」
と言うとそれっきり黙りこくった。

「・・・・・・。」
褒めたつもりだったのに逆の反応をされて、ネルも黙りこんだ。

訳わかんない。

だいたい自分から人を誘っておいて、機嫌を悪くするって、どうゆうつもりなのか。
アルベルは勝手に席に座るとカウンターの向こうにいる店のバーテンに馴れた様子で注文を始めてる。
ネルも仕方ないので隣に座る。
「珍しいですね、ダンナが誰か連れていらっしゃるなんて。初めてじゃないですか? それも女性の・・・・。」
「うるせぇ。くだらねぇ事言ってないで、さっさと食いモン出せよ。」
バーテンは、「ハイハイ」とため息を付きながら、チラっとネルを見、小さく言った。
「いつもこんななんですよ。この人は。」
だろうね。想像つくよ。
ネルは口には出さずに心の中で納得する。
椅子に深く座り直し、ふーっと大きく息をつきながら、店の中を見渡した。


時間的にも込み合ってくる頃だろう。
板張りの壁。食事しながらの会話とタバコの煙。グラスやジョッキのぶつかる音。
こうゆう雰囲気は嫌いじゃない。
まぁ人を連れて来るくらいだから、アルベルのお気に入りの店なのだろう。
しかし少なくとも、女性(それも初めて誘う)を連れてくるような店では無い事は確かだ。



それにしても。

さっきの事が思い出された。
戦争が終わって、この街を警戒しながら歩かなきゃならない状況は、表向き無くなった訳だが・・・・・、
それにしても。
余所の土地で、まさか自分が引ったくりに遭うとは。それも子供に。
そんな無警戒・注意力散漫だったのか。
再び自己嫌悪と悔しさと恥ずかしさがこみ上げてくる。しかもそれをこの男に知られた。
それが更に悔しい。

あの時。
昼間のロザリアとの会話を思い出していたのだった。

今の仕事は好きだし遣り甲斐もある。人生の全てをシーハーツの為に捧げるつもりでいる。
恋愛とか結婚とか、興味がないわけではなかったが、全て二の次だった。
でもロザリアの話を聞いていると、あんな人生もいいかもしれない、など思ってしまう。それほど彼女の顔は輝いていて幸せそうだった。
そんな事を考えていて。
それで―――。

「おい、何黙ってやがる? 食わねぇのか?」
不意に声がして、現実に引き戻された。

食わねぇのかって。何アンタは自分の分だけ注文してんだか。
誘っておいて、もてなす気はないのだろうか?
それも(一応)女性を。どうゆうつもりなのか。


文句の一つも言ってやろうかと思ったが、これ以上相手のご機嫌を損ねて、食事がまずくなるのもどうかと思って堪える。
食事中の雰囲気や会話は大切だと思うのだ。
アルベルを見ると、ちゃっかり自分の前にはグラスが置かれている。
なんとなく不愉快だが、それを指差して、
「ソレ何? おいしいの?」
「あ? あぁ。」
気のない返事を返してくる。全くもう。

「私も同じのを。」

「大丈夫なのか? 酒だぞ。」
「わかってるよ! バカにするんじゃないよ。それから・・・。」
ネルは続けて適当に食べ物も注文する。
「おい、そんなに食えるのか??」
「いいじゃない、どうせアンタの驕りなんだから!」
「あぁ? 奢るなんて言ってねぇぞ!」
「自分で誘っておいて女に勘定させる気? どこまで不躾なんだい、アンタって?」
「・・・・・・・。」
プライドが傷ついたのか、諦めたのか、
「仕方ねぇな・・・。」
悔しそうに呟くのが聞こえる。多少でも常識は通じるようだ。

暫くして何皿も二人の前に並べられた。
ネルはまずグラスに手を伸ばした。
酒の種類は分からなかったが、なかなか美味い。そして強い。
喉の奥が顔がカッと熱くなる感覚に浸りながら、フォークを掴んで皿に伸ばした。
「美味しいね。気に入ったよ。コレも。」
グラスを顔の高さまで持ち上げて言う。一瞬二人の目が合うが、アルベルはムスッとして顔を背け、


「・・・オマエ、オレと居て嫌じゃないのか?」

「・・・は?」

何だ、いきなり?
また機嫌を損ねたのだろうか?
美味しいという言葉の何処が気に障ったのだろうか?

「別に・・・・。嫌だったらこんなトコに居ないよ。」
「そうか。・・・・・ならいい。」

何が!? 何が「ならいい」のか?

「ここのオヤジは無愛想で感じ悪いし、バーテンはくだらネェ事ばかり言いやがってムカつくが、
出すものはなかなかで、評判もそう悪くはない。」
「ふ、ふーん・・・・。」
何が言いたいのかさっぱりだが、とにかく、この店を気に入ってる事には間違いないのだろう。

人一倍、無愛想で感じ悪いアルベルが他人をそう評価してるのを聞くと、呆れるというか、笑えるというか。 フォークを宙に浮かせたまま、ネルは暫く無表情でこの店について語るアルベルの横顔をポケっと眺めていた。

「何を考えてた?」
「え?」
「さっきだよ。ガキにぶつかられた時。」
「・・・あぁ・・・、さっき・・・・・。」
突然、話題が店の事から自分になって、我に返る。

「別にたいした事じゃないよ。」

「緊張感が足りネェんじゃないのか?
 戦争が終わったからって、次の日から急に仲良くできるわけない、って前に自分で言ってなかったか?
   そりゃコッチだって同じことだ。ただ単にシーハーツってだけで、背後から襲われるかもしれないぜ。
 まぁオレにとっては、そんな事どうでもいい事だがな。」

「・・・・そうだね。」

前にどこかで、そんな事を言ったような気もする。
再び先ほどの自己嫌悪が甦ってくる。全く返す言葉もない。
見るとアルベルは相変わらず無表情でこちらを見てる。
怒っているようでもバカにしたようでもなく。
ネルはフォークを置いて、息をついた。
「でも本当にたいした事じゃないよ。アンタの言うとおり、私の不注意。全く面目ないね。反省してるよ。
今日の昼間、ロザリアに会ってさ・・・、その時の事考えてたのさ。」
「ロザリア? 誰だ? オレの知ってるヤツか?」

「え? 何言ってるの? アンタんとこの王妃だろうに。彼女、実は私の友達なんだよ。」
「え? あの女、ロザリアって名前だったのか。そういや最近、何度か見かけたな。」

仮にも自分の主の妻を名を知らないばかりか、「あの女」呼ばわりするとは。
こんなで良く3軍の一つの団長なんかが務まるもんだ。
「あきれた。まぁどうせ、人の事に興味ないんだろけどさ。
 アンタの興味といえば、自分を鍛える事と・・・・、打倒フェイトくらいだろうからね。」

アルベルは「フェイト」の名前に過剰に反応し、嫌そうな表情を向けた。
3回やって3連敗と聞いている。この様子だと、きっとまだ狙っているんだろう。懲りないものだ。
ネルは可笑しくなった。

「テメェだって似たようなものだろうが!」
「冗談じゃないよ。アンタと一緒にされたくないよ。
 別にフェイトとやり合おうなんて考えたこともないし、意味も無く鍛えようなんて思わないよ。」
笑いながらネルが返す。
「そうゆう事じゃねぇ! オレが言いたいのは・・・ッ!」
「ごちそうさま!」
「・・・あ?」
「もうお腹いっぱいよ。ご馳走様。」
わざとらしく頭まで下げてみせる。
呆気に取られてソレを見ているアルベルの前に、さも無愛想な風合いの恰幅のいい中年男が出てきて勘定の書かれた紙切れを置いた。
あぁ、この男がこの店のご主人か。アルベルの評価は然程間違っていない。
ネルはまた可笑しくなった。

当人は目の前に置かれた勘定にギョッとなっている。今日はコイツの普段見られない表情をいくつも見たような気がする。
引っかかる部分も無いことも無いが、結構楽しかった。
思えば、まさかアルベルと二人で食事などするとは思っていなかっただけに、充実した時間を過ごしたような気にもなる。
クソ虫ならぬ苦虫を噛み潰したような顔で勘定をしているアルベルを見上げながら、ネルは尚も笑っていた。




そして。
上機嫌で店から出たネルを待っていたのは、土砂降りの雨だった。







 






 



 




こんな感じで淡々とした、盛り上がりに欠ける話がまだ続いていきます。・・・・。
つか、文章ってむずかしい・・・・、はぁあぁ・・・・ッ。

 

>> 3Day