3 Day





店が地下にあるせいか、外の様子は全く分からなかった。
階段を登しかけ外の様子を知った時、ネルは呆然とした。
地面を叩きつけるような土砂降りの雨。雷鳴。
軒先の塗炭に跳ね返る雨粒と、激しい音。


「・・・・・!!?」
「すげぇな。」
すげぇと言う割りに、たいして驚い様子もなく、後から階段を登ってきたアルベルが呟く。
「今、何時くらい?」
「さぁ?」
店に入る時はまだ明るかった。今は既に陽は落ちて真っ暗だ。そんなに長居したつもりはないのだが。
そもそもこんな土砂降りではその判断も付かない。

「参ったな・・・・。」

「何が?」
「何がって・・・。どうすんのよ? こんな雨じゃアリアスまで行かれない。」
いくら何でも、この土砂降りの中、アイレの丘を一人越えるつもりは無い。
「・・・かと言って・・・。」
こんな暗くなってから、宿の部屋は取れるのだろうか?

「アリアスまで行くなんて無謀だ。諦めるんだな。」
「・・・・・それはそうだけど・・・・でも。」
気の抜けたように、暫く黙ったまま雨の様子を見ていたが、不意にアルベルがネルの腕を掴み、
「来いよ。」
「え?」
そして、いきなり雨の中を走り出した。


何処をどう走ったのか、二人はある建物の部屋の軒先に駆け込んだ。
二人とも頭から足の先まで全身ずぶ濡れになった。
それを気にする様子も無く、アルベルはその部屋の扉を開け、中に入っていく。
「ここは?」
「・・・・・オレがカルサアに居る時、使ってる部屋だ。」
言いながら、アルベルは奥からタオルを持ち出してきて一つをネルに向かって放った。
「ふーん。」
ソレを受け取り、頭から被って水滴を取りながら、興味深げに中を見渡す。

何もない。
生活感の全く無い無味乾燥な部屋。
キレイに片付いている、というより、散らかる程使ってないのだろう。
ソファと、小さなテーブル・椅子に、一度も使った事の無さそうなキッチン。

ネルは、窓に近づき、一向におさまらない雨の様子を見ながらため息をついた。
「雨、止むかな?」
「さぁな。朝になりゃ上がってるだろうな。」
着替えながら、アルベルが興味無さそうな答える。

「朝・・・・か。参ったな・・・・。」

「何がだ? 雨もしのげて、おまけに宿泊代タダだ。こんないい条件のトコは他にない。」
「・・・・そうだね。」

さらに大きくため息を付く。
思い返せば、今日は散々な一日だ。
引ったくりに遭うし、雨で足止めされるし。
先ほどまでの上機嫌はすっかり忘れ、気分はどんどん落ち込んで来る。
そして引ったくりも今も、この男・・・・アルベルに世話になったという事実が更に落ち込ませた。



・・・・ん!?
え? 待って!?
つまり、今夜ここに泊まれって事?

男の、それもアルベルの部屋に?
それって問題じゃないか???


泊まったからといって、何かあるわけではない(何かあってたまるか!)。しかしソレを誰かに知られたら。
この町に知り合いは居ないが、顔はそれなりに知れている。自分も。アルベルも。

いや、他人がどう思おうがどうでもいい。
問題は・・・・。

タオルで(変な)頭を拭きながら、部屋の中をウロウロしているアルベルを見た。
コイツは何とも思っていないのだろうか。
自分をココに連れてきた事を。

ネルの視線に気づき、アルベルは立ち止まる。
「何だ? 何見てやがる?」
「え? べ・別に。」

頭から被ったままのタオルを握り、あわてて首を振った。
全身から血の気が引いてくのも、反対に何故か顔が熱くなるのも、わかる。


何を考えてるんだろ、私。
考えすぎだ。雨宿りする場所がないから、自分をここへ連れてきたのだ。
あんな雨の中、私を一人残して自分だけ帰る訳にいかなかっただけだ。
そう、常識的に。(多分)

「オマエ、向こうの部屋使っていいぞ。オレはこっちで適当に寝るから。」

「え?」

見ると扉がある。もう一つ部屋があるらしい。
「あぁ、・・・・ありがとう。」
その奥の部屋は、壁際にベッドが一つ置いてあるだけの、これまた何もない部屋だった。


部屋に入り、更にネルを悩ませる問題があった。

鍵。
掛けるべきだろうか。

開けっ放しで何かあっても嫌だし・・・・。
いや、その「何か」はあるはずない。
そんな事、興味なさそうだし。

むしろ鍵を掛けるのは信用していない証拠だと、不愉快に思うのではないだろうか?
いや別に、ヤツのご機嫌を伺う必要等、そもそもないはず。

頭から掛けっぱなしのタオルの両端を握り、ネルは部屋の真ん中に立ち尽くしたまま、
あーだのこーだのと思い悩んでいると不意に 扉が開き、
「・・・・オマエ、何ブツブツ言ってやがんだ?」
顔だけ出してアルベルが部屋の中を見渡す。
「え? って何アンタこそ、いきなり入って来て! ノックぐらいしなよ!!」
「何か足りてないモンでもないかと思っただけだ。悪かったな!」
あからさまにムッとした顔をする。
「だ・大丈夫だよ。お気遣いどうも。」
「・・・・・ならいい。」

言うとアルベルは顔を引っ込め扉を閉めた。

それを見て、ネルは先ほどの悩みの結論が出た事にため息を付いた。

そこには鍵などなかったから。
バカだ、私。考えすぎだ。

大きく息をつき軽く頭を振り、覚悟(?)を決めると、濡れた服を脱ぎ捨て、ベッドに頭まで潜り込んだ。





ベッドに入ったものの、目が冴えて眠れない。
本当なら今頃、アリアスでクレアとワインでも空けながら、ロザリアの近況でも話しているはずだった。
それが、この状況は何!?



『最近アルベルさん、良く見かけるのよ、この辺りで。』

そういえば。
昨日、アーリグリフへ向う途中、アリアスの屋敷に顔を出したとき、クレアがそんな事を言ってた。

『何か用ですか?と聞いても何も言わないのだけど。
漆黒って、そんなに暇なのかしら? それとも・・・・。』

続けてクレアはとんでも無いことを言ったのだ。
『コチラに誰か目当ての子でもいるのかしらね。』

そんな浮いた話とは、まるで無縁に見えるアルベルの事を、クレアがそんな風に言うのは意外だった。

彼女は勘がいい。洞察力も優れている。
クレアの目にはアイツは、そんな風に見えているのだろうか?
というか、何のつもりでアルベルは・・・?


何のつもりで。

『・・・オマエ、オレと居て嫌じゃないのか?』

さっき店で、アルベルが不意に言った言葉だ。
アレはどうゆう意味なんだろう?
誘っておいて、普通そんな事聞いたりするだろうか?


何のつもりで・・・。

『オマエ、今ヒマか?』

暇を潰す為だけに、自分を誘ったのだろうか?
いつも一人で行く店に?

交わした会話など、どうでもいい、他愛もない内容ばかりだ。
特別、自分に用があったとは思えない。

それに、有無も言わさずココに連れて来られたが、宿へ行って部屋の空きを確認してからでも良かったはずだ。
改めて考えれば、これは任務の帰りなのだから、宿泊代など公費から出る。
いや、それはアルベルの知った事ではないが。


だいたい、いつも一人でいるヤツだ。
誰かと馴れ合ったり、決してしないはず。
暇だからといって、誰かを誘うのが、まずおかしい。

 
何のつもりで・・・・・?




今日は本当に変な一日だ。
失態と予想外の展開で、こんなはずではないのに・・・と、またしてもため息が出る。
思い返せば、訳の分からない、疲れる一日だった。

それにしても・・・。一体何のつもりで・・・・。

そんな事をぐるぐると考えながら、ネルは眠りに落ちていった。







 



 




一回に1日分を書こうと思ってたのに、3日目でやっと1日終わった。
明日あたりで一気に3日経たないと、つじつまが・・・・(苦笑。

 

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